GO AHEAD!R1Z
2001TASTE OF FREELANCE



【その1】 見てるだけでえーんか!?


2001年1月1日 ドーバーまで あと146日 

ツクバ走行に通いだした理由は
「楽しそう」「できる条件が揃った」ただそれだけ。
なんて、実はちょっと敷居が高くてビビっていたのだ。
「いつかはFZでドーバーでたるねん!」
それまでは、レースの手伝いをしながら冗談半分、本気半分で豪語して笑っていたのである。

ドーバーに初めて「かかわった」のは、オットであるおケンコーが
まだ「彼氏」であった約3年前。
ヤツは「YRPレーシング」からカタナでモンスターEVOに参戦していた、その手伝いである。
まだそのころ関西人だったので関東のデカイサーキットは初めて。
とにかく色んな事にド肝を抜かれた。
パドックを行き交う人、マシン、スタートの爆音。
これで全盛期よりも活気がないという、おいおいホンマに?と思った。

年に2回、YRPエースライダーの優勝や、トラブルでのリタイヤ。
いろんな場面をまじかで見させてもらった(茶パはた社長様ありがとうございます)
YRPのTシャツを着てパドックをうろつくと
よそのチームの知らない人が「あ、YRPさんだ」「頑張ってと伝えて」などと声をかけてくれる。
みょうに恥ずかしい反面、なんだか誇らしくなってしまったのである。
別にオイラが何したわけでもねーんすけど。

なんとくなく「ツクバ」はオイラにとってトクベツな場所になっていったようだ。

それから3年ちかくすぎ、念願のツクバライセンスを取得する。
最初はタイム計るなんてもんじゃない、ただ楽しいだけ、走行が終わればとにかく笑いっぱなしだ。
それがだんだん、思うように走れないと、(といってもたいしたタイムじゃあないのである)
「やってらんねー!」「こんなハズじゃねーんよ!」
なんなんだ、おまえは!?

最初は手伝いだけで充分だったドーバーが少しだけ近くなったような気がしてきた。

2001年1月4日 ドーバーまであと143日

「ドーバーに出る!」
そう決めた、ツクバライセンスの時もそうだったが
とりあえず声高らかに宣言してしまうのだ。
オオカミ少年のように、あっちゃこっちゃに叫ぶのである。
もう後に引けない。
その場のノリだけでいけるような軽いレースでもない!と怒られるやもしれないが。

【脳内会議議事録】

「毎回、ボードを出したりタイム計測したりしていても面白いやろ?
決勝でグリッドに並ぶ、その横で1コーナーを見たとき
なんともいえない思いになったじゃねーの?
もし、この横にいる人、ライダーの立場でそうして並んだら...
どーよ!どーなのよ!」


優勝するだけが、速いタイムを出すだけが目的じゃない参戦はあかんのだろうか?
それなら選手権と変わんねーじゃねーの。
「草レース」の基本は?
聞いてまわった、答えは「楽しいこと!!」
おっけい!っしょ?


2001年1月8日 ドーバーまであと139日

オイラはFZが好きだ。
前回のドーバーで知り合いが、FZでの鳥肌の出るようなレースを見せてくれた。
あんな風に走れたら....あと五千万年は無理です。

ドーバーでRZの女王様ASSY!(SASSY?)にイロイロご相談してみる。
やはりFZ750では、排気量がデカイ分なにかあったときのダメージ、車体はもちろん
身体的に非常にダメージが大きいであろうこと。
んじゃ、おケンコーが隠し持っているRZだ!

「RZはいかがざんしょ、おねーさま?」
「.......う〜ん。」

どうやらパーツ、その他イロイロあと5ヶ月ぐらいでは難しいようだ。
RZ王国「TOSH▲TECH」としゆき王様の貴重なるご意見も頂戴した結果
 R1-Zに決定。

参戦クラスは激戦区のひとつである「ZERO−2」
リベンジャーもあることで、予選数周でハイさよーならーってコトはないのである。
予選でコケれば、さよーならー。

↑このバカチンがー!


2000 Jhaレーシング所属 仲本有花さん♪
YUKA & SHIGEO’S XT400
すでにキャンギャルは決定済みだ!

リベンジャーだろーが、最下位だろーが
お華が傘さして立ってくれんのも
草レースのええトコロでしょーか。
うぷぷ、オイラしゃ〜わせ♪